「ニッキ」なのに、月刊とは如何なものか。
月刊 カツ ノ ニッキ。
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スキ×キライ
2011年 06月 30日 (木) 23:59 | 編集
2011年も半分が過ぎました。
なんだかんだで、自分も周りも大きく変わり始めた半年だったように思います。
ホントにいろんなことがあった。
って、全ては現在進行形で続いていてまだまだ変わる余地のあるものばかりです。

さて、前置きはこの辺りで。
今月は最近思うことというか、改めて感じたことを。
TwitterでSoftBankの孫正義さんをフォローしていて、孫さんに対する返信ツイートとか
フォローしている方の返信まではしないけど孫さんのツイートに対するツイートなんかを
たまに見かけたりするわけです。
特に3月の震災以降、100億円の寄付だったり脱原発の活動だったり表立って大きな動きをされていて、
それに対する否定的な反響なんかを見ていると何だかなぁと思うことが多いのです。
何というか、孫さんに対して否定的な人というのは活動の内容がどうかに関わらず
孫さんのことが嫌いというか気に食わないからという面で批判しているように見えるのです。
(もちろんSoftBankのやり方だったりいろんな面で批判もあるのは見聞きするし、
あれだけの規模なのだから実際に問題も少なからずあるのだろうけど)

極論を言えば、自分の好き嫌いで判断するのは間違いではないと思うし、
実際に自分自身そうしている部分も多いにあると思う。
嫌いな人の言動が気に食わなくて仕方ないという感じもすごくわかる。
だけど、脊髄反射で嫌いな人が何かしようとしているから批判しようというのが多いような気がして。
おそらくそういった感情からきているであろう批判に対しての孫さんの返信なんかを見ていると、
その批判が虚しく見えて仕方ないのです。
理論的、きちんとしたデータや実証なんかを元にした批判ならばそれを受け入れていた上で
新たな方向を見出すことができるし、本来批判とはそういうものではないかと思うのです。
自分の意見と違うからダメだという風潮があるように見える。
自分の見識が甘いのは百も承知ですが、有名無名に関わらずそういう人が多いような気がするのは確かで。
もう少し許容できるような世の中であればいいなと。
許容とまで言わなくても、相手の意見に耳を傾ける努力をしてほしいなと思うのです。
何を信じればいいかわからない世の中だからこそ、相手の言葉を聞く必要があるのではないでしょうか。
この世はたった140文字で表すことができるような世界ではないし、
それこそ文字や言葉なんかでも全てを表すことはできないけれど、
それでも何かを伝えようとして発したその言葉の意思に耳を傾ける努力を
自分自身含め全ての人ができたらなと思うのでした。

文字だけでその人のことを好きだとか嫌いだとかって決めちゃうのって、
何かすごくもったいない気がするから。
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